笠原嘉先生は、元名古屋大学精神科教授で、うつ病が専門分野です。精神科医の間ではとても有名です。
この書作はいまから20年以上前の1996年に書かれました。いまなお古くはなっていません。一般向けに書かれたものです。改めて再認識されるところもあり、いろいろと参考になります。
ここではいわゆる「軽いうつ」について書かれています。色々なタイプの「軽いうつ」がありますが、以下では典型的な「軽症うつ病」についてまとめておきたいと思います。
この典型的な「軽症うつ病」を著者は「内因性軽症うつ病」とも呼んでいます。「内因性」については下でも説明します。
まず3つの症例から挙げています。これらの症例について笠原先生の描写力はとてもリアリティがあります。これらの症例では総じて見ると、本来はストレスに弱いというわけでもありません。しかし、ある特殊な状況になると、元々からある何らかの脆弱性と結びついて、うつ病として発症しています。この元からある脆弱性とは、身に染みついた生き方の全体や性格が関わっているような脆弱性です。ある状況に置かれると、この脆弱性にはまり込んで、感情や思考や意欲そして精神機能にうつ病に特有の変容が生じて発症します。いまでは「適応障害」という診断名がつくこともあるかもしれませんが、うつ病の症状がしっかりとそろっているので、やはり「軽症うつ病」と診断して良いと思われます。
これらの「軽症うつ病」のケースでは、もともと社会適応が良い人であることも特徴であり、何らかの比較的小さなストレスがきっかけになって発症して(ときには表だったストレス因がみあたらないこともあります)、抗うつ薬で比較的早く回復し、その後の経過も良くて、あまり再発しません。これを笠原先生は「中心型」ともよんでいます。つまり軽症うつ病の典型例です。精神科医から見ても、比較的わかりやすく、治りかたもきれいであり、標準的な精神科治療が回復に貢献できます。
内因性については次のようです。症状は、誰しもだいたい同じようなもので一定の症状が現れます。比較的小さなストレス因で生じたり、時にはひとりでに生じます。とくにひとりでに生じる場合には目覚まし時計の比喩でも説明されます。つまりこれが「内因」の典型の一つでもあります。また症状は一定期間(2,3ヶ月)続きます。薬もおおむね効果的です。心因を重視する精神科医は、軽症うつ病について、この引き金となったストレスから見て、心因であると誤認しがちです。つまり内因の側面を見ていません。笠原先生はこういった片手落ちに警鐘を鳴らしています。これがこの著作を書く主要なモチベーションのひとつにもなっています。笠原先生は「軽症うつ病」を「心理的ストレスで誘発された内因性うつ病」という視点で考えます。つまり「心因」と「内因」の両方が組み合わさっています。これが「内因性軽症うつ病」と名付けられています。心因論に傾きすぎないことも精神医学的な診断にとって重要な観点です。
もっとも実際には軽症うつ病には典型的なものばかりではなく、多くのヴァリエーション、非典型的なものがたくさんあり、それについても笠原先生はさらに検討をしています。「内因性軽症うつ病」はその典型例です。